ゲーリー・リネカー。
彼はスピードも無ければテクニックもない。まったく何もできない選手だ。
ただ得点を取る、という事をのぞいて。
'86年メキシコワールドカップ。
グループリーグでサッカーの母国イングランドは1敗1分けと最終戦を待たずして絶望的な状況に立たされた。
しかしながら最終戦のポーランド戦でリネカーが爆発する。
ハットトリックを決め快勝し、奇跡のグループリーグ突破を果たす。
決勝トーナメント1回戦ではパラグアイを沈め、ベスト8入り。
この大会で神となるマラドーナの芸術と狡猾さに敗北するが、ここでもリネカーは一矢を報いるヘディングシュートを決め得点王の称号を得た。
ワールドカップの優勝経験やサッカーの母国という価値、またクラブレベルでのヨーロッパサッカーシーンの活躍はあるものの、ドイツやイタリアと違いヨーロッパ予選の敗退なども多く代表チームとしてのイングランドは決して強国とは言いきれなかった。
その中にあってリネカーは注目度が高かった選手という訳ではなく、それだけに8強入りの原動力となった事はイングランドにとって驚きであり得点王を輩出したことは喜びであった。
またこの大会でスターとして脚光を浴びたリネカーは、その後もクラブレベルで力を発揮、イタリア大会にも出場しベスト4進出に貢献するなどストライカーにありがちな”一発屋”でない確かな実績を残した。
ただ得点を取る、ということだけを武器にしながら世界的なスーパースターとなった選手といえるだろう。
選手生活の後期は発足したばかりのJリーグ、名古屋グランパスでプレーすることになるが私は大きな疑念を抱いていた。
怪我もあったが、独りで局面を打開するテクニックを持つジーコやリトバルスキーと違う、嗅覚を生かした得点力というものが果たして日本で発揮できるかに不安があったのだ。
果たして、リネカーは活躍らしい活躍を見せることなく日本を去った。
ピクシーやベンゲルはクラブの美しい歴史として語られるが、誰もリネカーの事を口にしようとはしない。
しかしながら、悪く言われることもない。
それは彼のサッカーに対する真摯な態度とピッチでのフェアプレーが、人の悪意を誘うことがないからだろう。
退団間際の試合でリネカーはようやく大きな活躍、すなわち得点力を見せた。
その時私は”やはりリネカーとは点を決めていくら、の選手だな”と強く思ったものだ。
リネカーは本当に点を取るしか価値がない選手。
けれどもサッカーにおいて点を取るということは、最も大きな価値に他ならない。



リネカーと言えば、スパーズ時代にもキリンカップで来日していますね。私も「日本代表戦@国立」を観戦しました。
確か、イングランド代表の豪州遠征をケツカッチンしての途中合流で、絶不調。日本代表にチンチンにされ、最後はラモスにゴール前ボールキープで、オチョクラレてましったけ???
手元の資料で調べたら、'91年となっているのでこの時ですね。自国開催のキリンカップでさえ舐められていた日本が優勝した、ある意味記念の時ですね。もっともおっしゃる通りリネカーを始め相手はフラフラでしたけど・・・。
私もこの大会では、南米のバスコと日本代表の試合を当時住んでいた京都で見ていました。