ですが、例の如く書ききれない事が多々あるので。
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川淵三郎現日本サッカー協会名誉会長は、日本代表監督にオフトが就任
した時の理由を
「ラモスがいたから。日本人監督では、ラモスを使えないと思って」
と話していた。
私の記憶では、当時の数少ないサッカー世論と一部革新的な
関係者の間で「もう代表監督も外国人を入れるべき。そうじゃないと
いつまでたっても強くならないし人気は下がりっぱなし」という声が
起こって、という感じ。
まあラモスの扱いも多少はあたのかもしれないが、イタリア
ワールドカップ予選は一次予選でさっさと負け、おまけに今あんな
事をすれば大騒ぎとなるであろう横山謙三代表監督の奇妙奇天烈な
チームづくりが続き、さらにはいよいよ日本人監督候補のコマも
なくなってきたとあっては、外国人監督の招聘は必然だった。
一部で待望された加茂さんがいたのだが、「あいつはメキシコ五輪
のメンバーでもないし、選手としての実績もない」という人たちが
協会内にいたらしく、実現せず。'90年代には時代遅れ気味になった
中盤に中心選手を置くチームづくりだったが、当時はそれがはまって
いた。ラモスとも「いつか一緒のチームでやりたいですね」と
信頼関係があったのだが・・・。
結局ヤマハとマツダのツテでやってきたのはオランダの
オフトだったが、ラモスなどは読売クラブ内でもヨーロッパ系
の監督とはソリが合わず、抜群の成績を収めたにも関わらず
ドイツ人のグーテンドルフ監督はチームを去り、その後も良く
言われる事はない。だから”ラモスがいるから、外国人監督”
と言うのなら、もっと慎重な人選をしないといけなかったのだが。
ここで、本題。
岡田は、闘莉王の顔色をうかがっているんじゃないか、という事。
昨夜の日本-ウズベキスタン戦、前半からはやばやとゴール前に
半ばへばりつく姿を見て、疑念が湧いた。先制されていても、
あの時間帯であの相手に、しかもホームで焦る必要など、どこに
もないだろうに。
闘莉王の表情からは(1点はオレのミスだ。オレが取り返さなければ)
というナルシストにも似た恍惚感さえすでに漂っていたのも、
奇妙だった。
試合中の修正は、歓声にもかき消され難しいかもしれない。
だが後半になってからの闘莉王の攻めの姿勢は、いっそう顕著に
なっていく。ハーフタイムで岡田は、修正をしなかったのだろうか?
いや驚くべき事に、監督もそう指示を出しているのだと言う。
30分過ぎには闘莉王の穴埋めに稲本を入れ、全面的にバックアップ
を開始。確かに終盤に向けてのパワープレー狙いの時間帯で、動きの
落ちた相手に点を取られないだろうとの読みがあったのだろうが・・・。
試合後の会見で岡田は、
「前半から上がれとは指示していない」
としている。
私はサッカーは選手自身の判断で動くべきと考えているので、これは
これで評価できるのだが
「しっかりカバーするようにと、周りの選手には指示していました」
結局周りの選手の負担となり、組織プレーの比重が高い守備の
バランスが崩れ、ひいてはチームそのものが機能しなくなっている
のではないか?
「闘莉王が行っていたといっても、そんなに上がりっぱなしという
ことではなく」
「失点のシーンは、彼は後ろにいましたし」
選手をかばっていると言うと聞こえは良いが、その実、闘莉王には
何も言えない力関係になっているのではないか?
'93年のドーハでの予選で日本が敗退した原因はいくつかあるが、
ラモスがイラン戦で負傷しかつ半ば心を半分折られていた事も
その一因に思う。
すでにラモスはアンタッチャブル的な存在となっていたために、
交代させる事も状態を持ち直させる事も、またチームそのものを
変える事もできず、大きな敗北を喫した。
闘莉王はまだラモスほどチームに大きな影響力を及ぼす存在
ではないが、それだからこそ余計悪いのではないか?
サッカーに限らず、組織の長が一部の部下の顔色を見始めたら
終わりだ。
もし前述のとおり、かつて「日本人監督では、使えないと思って」
という判断があたならば、その経験を通して現状も見た方が良い
のではないだろうか。
もちろん誰でもOKという訳ではなく、闘莉王にも毅然とした態度
が取れる、場合によっては外す事も厭わない監督が必要だ(だって
エンゲルスが呼ばれたって困るもんね)。
”手遅れ感(予選突破うんぬんではなくて、日本代表自体が
魅力的になれるかどうか)”は否めないのだが、こんな
閉塞感の漂う状態はきつい・・・。
日本代表激闘録 2000年アジア杯


