1988年のトヨタカップだった。
実況はPSVアイントホーフェンのこのリベロがボールを持つたびに
その名と”キャッチコピー”を連呼した。サッカーのテレビ放送
の多くが特定のスター選手にスポットライトを浴びせるが、この
年はロナルド・クーマンこそがそうした存在だった。
監督はフース・ヒディングであったし、FWにはあのロマーリオ
もいた(しかも得点をあげている)。後の時代を思えば、なかなか
興味深い陣容だったが・・・。
クーマンはPKで得点こそあげたものの、前線にあがってのミドル、
フリーキックは不発だった。それはそうだろう。マンガではある
まいし、そう都合良く豪快なシーンなど出現しない。
けれども”牛殺し”などというフレーズはあまりサッカーに
似つかわしいものでは無い。どんなに強烈なキックであっても、
その前に選手が立ちはだかれば当然防がれてしまうからだ。
思えばこの時代は、1986年のメキシコワールドカップ迄で
司令塔の時代が終わりを告げ、'90年代から始まるサッカーの
変化(フィジカル、選手の役割の多様化)までの黎明期と
言える空白の時期だった。
トヨタカップも翌年にはACミランが登場し、個性が戦術の
中に組み込まれるという新しい時代を見せてくれる事になる。
キック力だけがフォーカスされるとはクーマンも何とも
可哀想な評価を受けたものだが、大味とはあのエアポケット
のような時代が、そうなのだろう。
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